『熊の敷石』を読んだ感想

『熊の敷石』を読んだ感想 読書
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久々に抽象度が高めの小説を読んだ。

堀江敏幸氏の芥川賞受賞作品『熊の敷石』を読んだ。芥川賞を獲るだけあって、かなり抽象度が高めの物語だった。一読しただけだと、主人公に時折襲い掛かる歯の痛みの描写だけが強烈な印象だった。得られたものはといえば、「歯医者には定期的に通って、こまめに治療するのがいいな」という薄っぺらい教訓のみ。

 

さすがにこれでは浅いので、再読した。仏文学者である著者がフランスを舞台に書いているので、言葉の持つ周辺イメージみたいなものを掴んでから読まないと深く読み込めないなぁと感じた。実際に私が調べた単語は、次の5つ。

 

・ペタンク・・・鉄球を投げて行うカーリングみたいな球技。グーグルの画像検索やペタンクしてる動画をチェックしてイメージが湧いた。
・ノルマンディー・・・フランスのどのあたりの地方なのかグーグルマップで調べてみた。北端で海岸がある。
・モン・サン・ミシェル・・・グーグルの画像検索でどんな建物だったか確認した。
・イディッシュ語・・・東欧のユダヤ人によって使われる言葉。
・ユグノー教・・・プロテスタントの一派。カトリックの反対。

 

この5つの単語について、ぼんやりとだがイメージを固めることで物語への理解がグッと深くなった気がする。

 

 

1978年生まれの私が戦争に鈍感な理由

想像力が欠如していると言われたらそれまでなんだけど、私は戦争の悲惨さについて鈍感な方だと思う。もちろん戦争はいけないことだし、争い無く平和に暮らせるのが一番だ。それでも戦争というものの持つ圧倒的な暴力・破壊、底知れぬ悲しみ・恨みといったものに対する実感は驚くほど希薄。なぜ私が戦争に鈍感でいられるのかということへの回答を示してくれているような部分があった。

 

収容所を知っている世代とそうでない世代では、なにかが変わる。決定的な線引きが行われる。

ヤンの言葉に対する主人公の感想はというと、

公の悲しみなんてありうるのだろうか、とヤンの言葉を耳に入れながら私は思っていた。悲しみなんて、ひとりひとりが耐えるほかないものではないか。本当の意味で公の怒りがないのとおなじで、怒りや悲しみを不特定多数の同胞と分かち合うなんてある意味で美しい幻想にすぎない。痛みはまず個にとどまってこそ具体化するものなのだ。

要するに私は意識のどこかで、「戦争とは自分とは無縁なもの」と選別しているんだろう。身近な人、例えば祖父や祖母から戦争の悲惨さを実体験を交えて聞いていたら戦争を自分にも縁のあるもの、と真剣に捉えたかもしれない。

 

しかし実際に祖父から聞いた戦争体験は、「とにかくひもじい思いで、白米が食べたくて食糧庫に忍び込むことばかり考えていた」とか「死にたくないので、戦闘になっても逃げまくっていた」という緊迫感に欠ける内容だった。特攻部隊に配属されたが、作戦実行直前に終戦を迎えたという友達のおじいさんから聞いた話も悲壮感というよりは、「特攻隊は英雄扱いで、軍服の襟を立てて肩で風を切って街を歩けた」という武勇伝に近いものだった。

 

どちらの話も実際は、かなり過酷な状況だったろうし、近親者や顔を見知った同僚の死を数多く見てきたんだろうと思う。それでも孫世代の私に悲惨な話なんてしたくないし、笑い話や美談として話せるように自分の中で戦争というものを消化していったのかもなぁ、と今では感じる。悲壮感は無いものの、実体験を耳にすることで、戦争を少しはイメージできたような気もする。それだけ一次情報の持つ力はスゴイんだなーと改めて思った。

 

 

その友情は本物か?幻想か?

作品のタイトルにもなっている『熊の敷石』は「いらぬお節介」という意味の慣用句としてフランスで使われるものだそうだ。ラ・フォンテーヌという詩人の寓話が元になっていて、「森で孤独に暮らす老人と熊が一緒に生活するようになった。熊の仕事は老人が昼寝しているときに、昼寝の邪魔になる蠅を追い払う事。ある日、昼寝する老人の鼻先にとまった蠅を殺すため、熊は敷石を投げつけ老人の頭蓋ごと叩き割ってしまう」というスプラッターな内容。

 

著者は「数年ぶりに会って、近くを車で案内したり家に泊めてくれたりするヤンと主人公の関係も、実際のところは熊の敷石を投げあっているだけの関係なんではないか?」という問いかけをしてくる。この問いかけは、人と人との関係性を根本から覆しかねない。友情を育んだと思っている間柄でも、実際は会ったり話したりする頻度が高いというだけで、相手は自分のことを煙たいやつだと思っている可能性もある、ということだからだ。

 

とはいえ他人に対する好き嫌いってゼロかイチかのデジタルなものじゃなくって、小数点以下の微妙な判定が多く含まれた結果なんだと思う。こういう所は苦手だけど、こういうところが好き、という風に矛盾しているのが普通だ。そういう曖昧さと矛盾するところを持ち合わせているからこそ、人は社会性を持って生きていけてるんだろうなーと感じた。

 

 

熊の敷石

『熊の敷石』を読んだ感想

文庫: 192ページ
出版社: 講談社 (2004/2/13)
言語: 日本語
ISBN-10: 4062739585
ISBN-13: 978-4062739580
発売日: 2004/2/13

 

2回読んでみて気になったのは、この感想に書いた部分だけ。ただ他にも考えさせられるエピソードがいくつもある。抽象度の高い物語は読むのに多めのエネルギーが必要だけど、読み手によって様々な解釈ができるから面白い。読了後の物語の広がりが無限大というのが、文学作品の良し悪しを判断する基準の一つなのかもしれない。

 

 

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