高校野球 甲子園第100回記念大会決勝に見るツキと流れ

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東海大相模にツキが回ってきた瞬間

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甲子園第100回記念大会決勝は神奈川県代表の東海大相模高校が宮城の仙台育英を10-6で破って優勝しました。とてもイイ試合でした。私が実際に見たのは8回裏の仙台育英の攻撃からでした。8回裏の仙台育英の攻撃に、決勝戦の結果を暗示するようなツキと流れが凝縮されていたように思います。

 

8回裏仙台育英の一人目、二人目の打者は当たりはいいものの、どちらもセカンド正面へのゴロで凡退。この時点でも「あまりいい流れではないな」という感じがしたけれど決定的だったのは三人目の打者だった。

 

2アウト、カウント2ストライク2ボール。外角へのストレートをファウルとした後の6球目。内角高めに入った投球はバッターの肘を強打。デッドボールかと思いきや、ストライクゾーンに入った球だったということでアウト判定に。「これは東海大相模にツキが回っている」と確信した。

 

攻守転じて9回表、東海大相模ピッチャーの小笠原選手が先頭打者ホームラン。後続の打者も、よい当たりやポテンヒット、仙台育英ライトの判断ミス(?)なども重なって一気に4点をもぎ取った。

 

9回裏は三者凡退で東海大相模が45年ぶりの優勝を決定した。どちらも全力を出し切って戦ったいい試合だったが、私はツキや流れの重要さのようなものをまざまざと見せ付けられた気がした。

 

 

 

ツキや流れはスポーツだけのものなのか?

野球に限らずサッカーでもなんでも、スポーツ観戦していると「流れがこっちに来ている」とか「今は相手チームの時間帯だ」などという言葉を耳にすることがある。そのツキや流れが具体的に何で構成されているのかわからないのだけれど、「何をやってもうまく時間帯と、全てが裏目に出てしまう時間帯」というのが存在するのは確かだ。

 

スポーツは勝敗を明白に決する種類のものなので、ツキや流れを把握しやすいと思う。では、ツキや流れはスポーツに限ったものなのだろうか?おそらくどんな事象にもツキや流れは付いて回るのだと思う。私たちの生活も例外ではない気がする。

 

 

 

やれることをやる。それだけ。

仕事なんかでも、思ったとおりにうまくいって有頂天になってしまいたくなる時もある。そのときのツキや流れというのは、バックアップしてくれる人々の尽力だったり、時代の流れだったり、絶妙なタイミングだったりする。

 

自分にツキや流れが来ているときに天狗になりすぎて、周りへの感謝を忘れ、自分の実力を過信し、謙遜の心を忘れ、無理をすると一気に崩壊が訪れる。うまくいっているときほど慎重に事を進める心構えが必要なのかもしれない。

 

結局、私たちにできることは「イイ流れの時」も「悪い流れの時」も「やれることをただやるだけ」だ。

 

 

そんなことを改めて考えさせてくれた甲子園の決勝戦でした。

 

 

 




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